03 一日目→二日目 / 麻生聖side

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 秀野と出会ったのはその頃だ。エキストラの待ち時間に映画の上映開始時間をスマホで調べていたら、突然後ろから声をかけられた。 「えー、これ観に行くの?俺も行こうと思ってたんだよねー。一緒に行かない?」  他人の携帯を覗くなんて非常識な人だなと思い、とっさに画面を隠す。でも東京に来たタイミングで観ようと思っていたのはミニシアターで単館上映されるマイナーな作品だったので、相手に興味が湧いた。  振り返った先にいたのは、うわーやっぱ都会にいる人は違うわ…と、思わせる、背が高くてやたら見場のいい男。目鼻立ちがくっきりして彫りが深いけれど、全体のバランスがいいのか古臭い感じはない。もっといろんな表情を見てみたいと思わせる、役者向きの顔だなと思った。 「初監督作が俺すごい好きでさー、公開になったら絶対観に行こうって思ってたんだよね。今日これ終わったら行くの?」  早朝からの撮影終了後、映画を観て予定していた今日の夜行バスで戻れるのかと、ロケの進行が遅れる度計算していたから、すぐには答えられなかった。答える前に相手が言った。 「これ、いつ終わるかによるかー。押してるしなー。最終に間に合うようなら、一緒に行こうよ」  軽い口調に親しみを込めたトーンが、耳に心地いい。  最終の回ではバスには間に合わない。日曜の夜行に乗ったのでは、早朝についたとしても島まで戻れないから学校に間に合わない。週末や休みの毎にあちこち出かけることを両親に咎められないよう、麻生はギリギリのラインで細心の注意を払っていた。  なのに初対面の男との約束のために明日帰ってもいいかと思い始めていた。夜はファミレスでもネカフェでもなんとかなるだろう、学校にも遅刻して親に怒られたとしても大した問題じゃないと、気持ちが大きくなる。 「…うん、行こっか」  ぼそっと返事をすると、旧知の仲のように屈託無い笑顔を返された。 「めちゃくちゃ楽しみ!今日、朝早いわりに待ち時間長すぎなんだけど頑張れるわ。ま、それでも撮影現場に居られるだけで嬉しいんだけどな」  それがまだほとんど顔が知られていない頃の秀野で、その後、ロケの長い待ち時間が全く気にならないほどふたりで話をした。
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