03 一日目→二日目 / 麻生聖side

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 最近浮かない顔してんなーと秀野に言われ、事情を話すと「ロケハン、ロケハン」と軽い調子で実家までついてきた。 「うおーーーめちゃくちゃいい!えーーっ!超いい映画が撮れそうじゃない?」 「だろ?」  秀野のはしゃぎっぷりに、憂鬱だった帰省が一気に違ったものになった。排他的な土地柄なのに客人は手厚くもてなすという慣習からか、秀野がいることで両親も始終笑顔で、仲違いしていることなんて忘れそうなほどだった。  案内する場所ひとつひとつに秀野は映画のアイデアを無邪気に伝えてくる。それに対して、ずっと溜め込んでいた自分だけのイメージを言葉にして紡ぐ。ポンポンと跳ねるような会話が心地よく、秀野の思いっ切り笑った顔を見て、心から笑い返す。  麻生にとって海で閉じ込めるばかりで退屈だった島が、違う景色を見せ始めた瞬間を思い出していた。どこにでも行けるんじゃないか、高校生の時感じた開放感が急速に広がっていく。  先の見えない役者を目指すことや両親との不仲、そんなことに対する迷いや不安は消えて、自分らしさを取り戻して行く気がした。 「もう明日帰るのか。もっといれば?」  よく一緒にいても四泊も続けて過ごしたのは初めてで、あまりの楽しい時間がもうすぐ終わることに、子供が感じるような寂しさを覚えた。  秀野相手だと、自分が少し子供っぽくなるのを知っている。どこまでも受け止めてもらえると錯覚するような寛容さと甘さが秀野にあるからだ。 「仕事が入ってなければなー、まだまだいたい。俺ずっと東京だから、田舎に帰省って新鮮。また一緒に帰ってこよう」 『また一緒に帰ってこよう』秀野が選ぶ自分をほっとさせる言葉が好きだ。この島を気に入ってまだいたいと言っているのに、自分ともっと一緒にいたいと言われているような気になる。  夕方になって秀野に自分が一番好きな景色を見せたくて、一緒に山に登った。最後の日に見せると決めていたから、天候が気になって仕方なかった。 「海の目の前が山って日本の地形はすごいなー」  足場を確かめながら麻生の後をついて来る秀野が言う。慣れない山道に少し息が上がっている。 「瀬戸内海は島の間を網目みたいに潮流が通ってるから、ま、それで島ができたんだろうけど、小さい島でも結構ちゃんとした山があるんだよね。もうちょっとで着くから」
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