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すっかり暗くなってから、家からすぐ近くの浜辺でしょぼい手持ち花火ををした。
ぶらぶらと島を歩いて立ち寄った鄙びた小さな商店で、いつからそこにあったのかわからない埃をかぶった花火を見つけて買ったものだ。これって火着くの?…と耳元でこそこそ囁き合って、くすくす笑って、いつも以上に気持ちが高ぶっていた。
少し湿気ていた気はするが、手間取ることなく火は点り、最後は定番通り線香花火で締める。
「男ふたりで線香花火って、なんかしみじみするな」
ぱしぱしと散る小さな光に合わせて、静かに話す秀野の表情が揺れる。
「ひとりより良くない?」
「ひとりで花火はしねーだろ」
「じゃあ東京戻ったら悦史のうちのベランダでまたやろうか」
じぃっと火花だけを見つめていると、空気が濃密になってくる気がする。向かい合った額が少し近付いた気がする。
「なんでうちなんだよ。苦情くるからやめて。部屋で換気扇まわしてやったら、警報機鳴るかな」
「線香花火ならいけるんじゃない?てか、部屋でやんの?なんかそれこそしみじみして侘しくない?景気よくベランダからロケット花火打ち上げよーぜ」
「本気でやめてくれ」
ふふっと目も合わせず小さく笑いあう。
全部の花火に火をつけてしまうと辺りは真っ暗で、どうでもいいことを喋っていたのに急にふたりとも黙ってしまった。ふたりきり、誰もいないところに取り残された気がした。ぽつりと小さく秀野が、聖、と呼んだ。
「俺ね、役者もすげー好きなんだけど、映画撮りたいんだよ。自分の映画」
「どんなの?」
「んー、生きてる人の映画。こんなさ、めちゃくちゃ肩の力抜ける自然もあるし、無機質な都会もあるじゃん。でもさ、みんなそこで生きてるんだよな。毎日にひとりひとりの物語があって尽きないの。こっちに暮らす人もいるし、海の向こうにも」
海の向こうの本土に灯る、ぼんやりした民家の明かりを秀野は指差して言った。
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