03 一日目→二日目 / 麻生聖side

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 気づけば高く日が登り、暑さをじっとりと感じる時間になっていた。手にした台本に涙が落ち、さらによれよれになっている。咄嗟に着ていた服の裾で丸い染みを拭うとそれは余計に広がっただけだった。 ーー どうしてこんなことを今更思い出す?初めてのセッ クス思い出して泣くとか最低だ。あぁ、もう!このクソ台本のせいだ!  映画の中には、島育ちの青年がヒロインに夕日に輝く海を見せて励ますシーンがある。そんな場面捨てるほど映画やドラマにあったとしても、ふたりの間にあった大切なものを勝手に公開され、汚された気がした。  今度はちゃんと箱からティッシュを抜いて目元を拭く。やっぱり涙で濡れていて、嫌な気持ちになった。ごしごし擦っても熱が引かないので冷たい水で顔を洗おうと部屋を出た。 「あ、おはようございます」  廊下の向こう側にある居間から手塚がこちらに向かって歩いてくる。  泣いてるところを手塚に見られるなんてこの上なく最低だ。呪いかこれは…秀野の?なんの?吐き捨てたいような気分を飲み込み、平静を装う。隠すように目元を伏せ、洗面所に向かった。 「おはようって時間じゃないだろ?これから島歩くよ」  目を合わせず返すのが精一杯だった。 「変な日焼け跡つくと困るから、これ着て。新品だから」  朝夕ひんやりとした空気に包まれ過ごしやすい島内も、日中はじりじりとした日差しが注ぎ、それなりに暑い。長袖のUVカットパーカーをTシャツだけの手塚に渡すと、予想外に素直に羽織った。腕を必要以上と思われるほど上げて、ひらりとコットン地をなびかせたのにイラっとしたが。  おまけに麦わら帽子も被せて、首元に手ぬぐいをぐるりと巻いてやる。涼しげなイケメンが暑苦しくてだっさい格好になって溜飲が下がる。自分でも子供っぽいと思うのだけど、手塚相手だと投げやり気味にこれでいいような気がする。 「夏なんだから、日に焼けてる方が自然なんじゃないですか?」 「黒くするのは塗れば簡単にできるから。それよりここのロケの後、オフィスとか夏前の撮影があるでしょ。ロケ中もなるべく焼けないようにした方がいい」 「はぁ」  気の抜けるような返事は相変わらずだが初日以上に憤ることはない。なんでもないふりをしながら、目元への視線が気になった。気を許さない相手に、ひとつの弱みも握られたくはなかったのに。
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