04 二日目 / 手塚佳純side

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余計なものを見てしまった。あれは明らかに泣いていた顔だった。 情緒不安定なやつは勘弁してよ、ただでさえあいつの思考回路、謎なんだから…と手塚はうんざりとした気分で、洗面所に行くところを直前で方向を変え部屋に戻る。不自然極まりないが構いはしない。自分はちっとも悪くないのだから。 幼い頃から母親がころころ気が変わる不安定なタイプだったから、感情の起伏が激しい人間が苦手だ。機嫌が良いと思ったら突然泣き出したり、不機嫌になったり。手塚はわけがわからず振り回されることが多かった。 気まぐれだと思っていたが、実際は色々と理由があり、彼女の気持ちの中ではちゃんと繋がっていたらしい。それは今になって少しわかる。基本的な問題は両親が不仲なことだった。苛立ちを押し殺して周囲に優しくしてみたりするのだが、突然糸が切れ手がつけられなくなる。 男しか性的関心の対象とならないのは、幼い頃からの経験が影響しているかもしれない。女性特有の感情メインの行動に、とてもじゃないが付き合う気になれない。実際は男も面倒くさい相手が多くて、どんどんその場限りのつきあいへと傾いてしまった。 神崎のような精神的に健康な男がそばにいてくれるから、それで満足してしまう。喧嘩をしたりもするけれど、常に互いを思ってのことだとわかっているから長引かない。むしろ遠慮なく思ったことを伝えてくれるから安心する。 デビュー当時は特に仕事もご飯も、果ては合宿所でお風呂も寝るのも一緒と学校以外では離れることがない時期を経て、今では仲の良い兄弟みたいな感覚だ。出会った頃の下心でもって勢いで抱いてしまわないで良かったと思っている。 で、麻生は関わりたくないタイプの究極だ。どおりで最初からイライラさせられたはずだ。自分は繊細なんですというプレゼンテーションが腹立たしい。ふたりで過ごす時間はたっぷり残されている。なるべく距離を置いて過ごそう、深く考えないようにしよう、自分で心を落ち着ける。 今は自分の置かれた立場でナーバスになっているのに、それ以外のことに振り回されたくはない。手塚の勘では監督の秀野と麻生は特別な関係にあるようだし、ロケ地が麻生の地元なのも、映画自体が訳ありではないかという気がしてくる。 嫌な予感は当たっていると感じるのが、本当に嫌なところだ。勘弁してよ…と一人ごちて、すでに馴染んできた畳に転がる。
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