01 オーバーチュア / 麻生聖side

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 あの日、偶然のいたずらか。資料整理に行ったアルバイト先のテレビ局でばったり知った顔を見つけた。ちょっと知ったと言うどころか、全国に知れる今旬の人気俳優、秀野悦士が気さくに話しかけてきた。  テレビ画面でも映画スクリーンでも、ここ数年顔を見ない時期は全くないというほどの人気ぶりの男がひらひらと手を振っている。かつての役者仲間に会う可能性はいつでもあったが、この男だけには会いたくなかった。 『おー聖。久しぶり。最近どうしてんの?』  以前と変わらない屈託ない笑顔を向けてくるのが、余計心に苦味を落とす。世間では誠実で落ち着いた雰囲気、時折面白いことを言って笑わせるのが意外性があって可愛いなんて言われているが、実際は全体的にふわっと掴み所のない、へらへらした男だ。軽く無期限休業中を伝えると、お前ついてねーなーと小さく笑って秀野は言った。 『時間あるんならさー、俺の映画手伝ってよ』  黒いもやもやした感情が胸を占めて行く。壁に拳を打ちつけたくなるような激しい衝動を抑え、後日返事をすると静かに伝えた。     
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