04 二日目 / 手塚佳純side

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「してないしてない。そう、しょーがないよねー、俺、立場弱いし。まだ全然自分の映画撮る域に達してなかったってことなんだろうな。最初は小さいテアトル公開で、ひたすら地味ーに思った映画撮れればいいなって思ってたんだけど、なんかそうもいかなくてさ。大人の世界は、怖い怖い。気づいたらがちがちに固められてて逃げられないからね。よっしー俺の愚痴聞いてくれんの?やさしーね、巻き込まれたくせに」 言葉の端っこがちくりと胸を刺したが、気づかないふりをした。 「聞いてもいいですけど、俺が聞いてもなんもなりませんよ」 「わかってるよ!でも誰も聞いてくれないし!」 びえっと効果音がつきそうな勢いで秀野が綺麗な顔を無防備に歪めた。 どんな役でもこなすと言われる、今一番魅力的な俳優。演技以外の場面では爽やかで硬派なイメージを貫いている男に舌を巻く。人前に立つ以上キャラ作りは欠かせないが、ここまで徹底していると感心する。 一般向けの顔と、業界向けの顔。ある程度そこに差はあっても、ここまで使い分ける自信が自分にはない。 遠慮のないやり取りの間に、本当はこの人はもっと目的を達成することを真面目に考えてるんじゃないかと感じた。行き当たりばったりで同年代で人気実力ともにトップと言われる俳優にはなれないだろうし、初監督作でここまで予算のついた映画は撮れないだろう。 「どーにもなんないんだから、俺はできることをやるしかない。よっしー頼むよ!俺を助けてね。ついでによっしーを俺の愚痴聞き兼癒し係に任命するから」 「『よっしー』とか微妙な感じで呼ばないでくれたら、いいですよ」 「よっしー、好き!ありがとう!」 神崎といい、秀野といい、この手の男に憑かれているんではないかと思う。もしや自分が呼び寄せているのか。 「手塚も泥舟で俺と一緒に沈む気はないだろ?」 さらっと言って退けるから、やっぱり本気で怖い人かもしれないと思い、正統派二枚目の秀野の顔を冷静に見返す。
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