05 二日目→三日目 / 麻生聖side

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車を置いて、アスファルトなどでは整備されていない山道を登りながら『あのシーン』かと覚悟を決める。ここを登り切れば視界に海が広がる。 何人もの人が足場にして通ったため踏み固められた道のような、道でないコースなので足場が悪い。何かに掴まる必要なく登れる程度ではあるが、安定した大きめの石を選ばなくてはいけない。家の裏から続く山道より傾斜が少しきつい。 かつては海だけでなく、こんな山にも慣れていたはずが、結構な運動量にすぐに息が上がってしまった。一年以上ぐたぐたしていたから、かなり体力が落ちている。怪我の程度も大したことはなく普段は階段の登り降りも問題ないのに、踏み込みにうまく力が入らない。 前を行く手塚は、ある程度の段差も難なく足を上げて登っていく。今日も長袖パーカーにデニムという暑苦しい格好なのに、文句ひとつ言わない。首元に水に浸して絞った手ぬぐいが巻かれている。赤と黒の金魚模様が妙に可愛らしく、小さな笑いを誘う。 ここを登りきれば、どんな海があるんだろう。もちろん知った海だ。多少位置が変わったって、家の近くと似たようなものだろう。ごたつく胸を気にしないように、手塚の足どりを追う。 「麻生さん、大丈夫?」 気づくと手塚との間にはさっきよりも距離が出来ていて、少し高い位置から手塚がこちらを見ている。 「大丈夫、すぐ行くから」 「その辺、葉っぱ溜まってぬかるんでるから、滑らないように気をつけて」 「わかった。ありがとう」 息を乱し、足をかばいながら登るところを見られたくないのに、手塚はそのまま待っている。 「先行けよ」 乱暴なトーンの言葉に手塚は背を向けた。すらりと逞しい背中に、ダンスの動きに合わせて無駄なく体が鍛えられていることが、パーカー越しでも今はわかる。 手塚にグループ脱退の話があると聞いて、どこか自分と重ねていた。人生の行き止まりがすぐそこに見えそうで、目を背けたくて足掻く。焦っているのに、プライドだけは高くて…。そんな風に思っていたけれど、実際には全然違う。手塚は光の中にいた。 滅多にない痛みが足に走ったが、精神的なものだろう。かつて思い描いたような役者には、もうなれない。
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