05 二日目→三日目 / 麻生聖side

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「ここが、透が菜穂に海を見せて励ます場所。ラスト直前。透の言葉で菜穂は東京に戻る決心をする」 「いいとこですね」 図らずしも、麻生が好きな夕暮れ直前の時間帯。でもそこに秀野と見た景色はなかった。島々の間に沈む夕日の方角が違って見えるうえに、目立つ位置に隣の島が見えるので、同じ高いところから見下ろすにしてもかなり印象が違う。それも島の多い瀬戸内海の魅力を表す美しい風景ではある。 ショックを受けることを覚悟していただけに、一気に気が抜けた。手塚の適当な返事も気にならない。 「菜穂にそばにいて欲しい。同時に自分で決断して、ここから旅立って欲しい。海ってさ、こんなに綺麗だけど、あっち側には行けない感じしない?でも、行けるんだよ、ほんとは。怖くても行こうって決めたやつだけが」 「俺にはわかんないですね」 相変わらずの言葉にもうがくりともこない。言いたいことを一方的にぶちまけられれば、それでよかった。 「なんで菜穂だけ行かせるのか」海に視線を向けたまま手塚が言う。「綺麗な言葉でなんとなく流されてるけど、菜穂は島を出た方がいい、でも一緒にいたいって思うなら、連れて出て行けばいいのに」 昂ぶっていた気持ちにいきなり水を浴びせかけられた気がした。内容どうこうではなくて、手塚が思っていることを伝えてきたことに驚いた。 「いやさ、透は島に帰ってきてひと夏を過ごしてやっと島の良さを再認識して、自分らしく生きられる場所はここだって、成功させた祭りみたいに島でやれることをやりたいって決めたんじゃないの?」 さっきスラスラ出てきた熱がこもった言葉と違って、頼りない口調で考えながら言った。 「優先順位の問題ですよね。菜穂が大事なら一緒にいるし。海の向こうに実際は行けるように、戻ってもこられるわけだから、こっちと東京で半々で暮らすとか。別に自分がずっとこっちにいなくても地元に貢献することはできるし」 空と海は刻々とその色と温度を変えていくが、手塚の声は冷静で低く、トーンを変えない。
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