05 二日目→三日目 / 麻生聖side

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「お前は島で育ってないからわかんないの!どれだけ海が生活を隔ててきたか。田舎の暮らししか知らない人間がこの景色をどれだけ大切に思ってると同時に、縛られてるか。外を知って戻ってきた透にはここに留まることは余程の決心なわけ。両親だって歳取ってくるし、家とか畑とかもあるし。それに一緒にいたからうまくいくってわけでもない。今は離れてそれぞれのやるべきことをやるときだから、苦しくても離れるんだろ」 「へー」 ーー 『へー』…って……『へー』じゃない!!こっから海に突き落とすぞ! 感情に任せ捲し立てただけに、気の無い返事に気が抜けた。今更始まったことじゃない。こいつはこういうやつだった。 「俺は好きなら離さない」 はっと隣にいる手塚の横顔を見る。どうしてこの男はいつも突然熱を持って麻生の心に触れてくるのか。怒りにしろ、新鮮さにしろ。思ってもいなかったものに気持ちが侵食されていく。 「それで本人がいいんだったら別にいいですけど。俺にはわかんないことだし」 前に『お前は演出する人間から信頼されていない』と同じ、それよりも酷いレベルで役者に言ってはならないことを言ってしまったことに気づき、深い後悔に襲われる。 役柄の本当の部分なんて、どれだけ原作者や演出家が説明してくれたとしても、自分のものではない。でもそれを自分なりにどこまでも細かく砕いて、反対に離れて客観的に見て、感じることを演技に写す。憑依型の天才なんて言われる人もいるけれど、演じる者には本質的には分かれないものを分かろうとする葛藤がある。
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