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下りは登り以上に気を使う。視界の悪い中、引きずる足を置く場所を慎重に選んだ。
半分を過ぎたくらいのところで気が緩んだのか、ぬかるみに足元を取られた。留まることができると思ったのに、踏みとどまるべき足が怪我をした方で、力が入らないと知った時どくっと心臓が鳴った。
落ちる。ざざっと朽ちて湿った落ち葉と共に体が滑る。どこで止まるのか不安を覚えた瞬間、抱きとめられた。麻生が落ちてくる勢いに手塚もろとも更に危ない体勢で転げ落ちるのではないかと一瞬考えたが、手塚は側にあった木の幹を片手で掴み、踏み留まった。
「っん…つっっ!」
痛みを飲み込むような声に、滑り落ちた衝撃も忘れて、手塚に大丈夫かと声をかける。
「結構ザクッといったみたい」
麻生の肩をぎゅっと抱いたまま、歪んだ声で答えるから、不安が増した。
「どうしよう…!ロケ始まるのに!」
「あんたの考えることは、ほんっとに映画のことだけですね。嘘。大したことないです。多分擦りむいたくらい。どうしてくれるんですか?明日泳ごうと思ってたのに、これじゃめちゃくちゃ海水染みるし」
「何言ってんだよ。海より撮影だろ!帰ったら手当するから、とにかく降りよう」
そうは言ったものの暗い上に足場がかなり悪く、踏み込むと滑り落ちてしまう。闇雲に動かず、その場でいったんバランスを整える。
ショックが過ぎてみれば、大きな男の体に抱きこまれる感触に緊張して、心音が少し大きく聞こえる気がした。まだ足場が定まらないからずり上げられているだけなのに、男も女も含めこんな風に触れるのはいつぶりだろうと考えてしまう。
手塚相手に何を考えているのだと、自分に呆れた。
ーー それにしてもこいつ、いい体してるな。長いライブであれだけ踊ってるんだから、やっぱり体作ってるんだな…
しっかり体を鍛え上げ引き締まってはいるが、ガチガチに筋肉が硬いというのではなく、しなやかさも感じる。
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