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歳は二十五だと聞いている。歳相応の礼儀がなっていないし、以前の本読みでも仕事に対する真剣味もセンスも感じられなかった。何より役者としての魅力がひとかけらもない。
『アイドル』なんて呼ばれる人種に期待などしていなかったが、これほどまでのステレオタイプだとは…。自分は道からそれたのに、どうしてこんなやる気のない男が演じることができるのか。しかも第一線で。こんなちゃらけたライトな映画には出たくもないが、自分が演るならもっと上手くできるはず。
一度吹き出すと不満が溢れて止まらない。
スポンサーやらの意向があったとしても、秀野だって初監督映画の看板にそれなりのやつを選べなかったのか。だいたいどうしてこんなアイドル映画を撮ることになったんだ。
かつて自ら、あれほど青いとも言える夢を恥ずかしげもなく語っていたのに。
ーー 自分の映画が撮りたい、と。
ふと秀野が自分に向ける柔らかい笑顔が記憶の中から浮かんだ。含みのある表情ではなく、かつて仲が良かった頃の自然な笑み。
若気の至りでバカみたいに、どんな役者になりたいだとか好きな映画についてだとか、オチも終わりもなく散々喋った、あの頃の…。ふわりと胸にほろ苦さが残る。
思い出すのは久しぶりで、自分は何に苛立っているのかと、少し冷静さを取り戻す。
何に苛立っているかと言うと、ずっと目指していた先に立っていない自分に対してだ。薄っぺらなアイドルの手塚や売れ路線に転向した秀野は関係ない。
絡まった糸を強引に引っ張って余計にぐちゃぐちゃにして後悔した時のような気分だ。仕事に徹することを覚悟し、絡まる感情を丸ごと飲み込んで手塚をパーキングに促した。
むんと熱い湿気を吐き出すアスファルトの上を、手塚は小さなスーツケースとブランド物のボストンバックを手に、涼しい顔で麻生の後をついてくる。ビル群の谷間に淀むうだるような暑さと比べれば、田舎びた潮気を含む熱風などなんということもないのだろう。
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