第一章 封書

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 部屋に入り、藤原がスイッチを入れるパチンという乾いた音がして数秒してから室内に明かりがともった。掃除は行き届いているが、黒ずんだホワイトボードがいかに使われていないかを物語っている。森は今までにこの藤原の「御褒美」をもらうのは何度か経験していたが、こんな会議室を使うことは無かった。煙草を吸いながらロビーでの軽い談話程度の中にちらりほらりとネタを洩らすのが常套手段なのだ。それが、今はわざわざ禁煙である会議室に森一人を招きいれ、自分もポケットから取り出した携帯灰皿に吸っていた煙草をおさめていた。  ここまで来て、森は少々不安になり始めた。脳裏にリストラの四文字が浮かぶ。いや、あれだけ反響を呼んだ一面記事を書いた自分をまさかリストラとは……とぐるぐる思考を巡らすうち、藤原は一つため息を吐いて森の隣のパイプ椅子に座った。そのため息の重さに、当たって欲しくない予感の当たってしまう不安が募る。 「森君……」 「は、はい」 しばらくの沈黙の後、ちょっと頼みづらいんだけどね、といいながら藤原は内ポケットから白い封書を取り出した。宛名は「FUKASAWA出版社 現代スクープ担当者様」となっている。担当者名が書かれていないので、編集長である藤原に白刃の矢が立ったのだろう。 「見てみてくれ」  言われるまま、森はその封書を手にとって、まず差出人を確かめてみた。が、察していた通りそこには住所はおろか名前も書かれておらず、開かれていた口を覗き込むと中には数枚の写真のようなものが見えた。もう一度、確認のために封筒から藤原に目を上げると、彼は無言のまま一つ頷いた。  封筒の口を机に向かって逆さまにし、ばさっと音を立てて落ちてきた写真を見て声を上げた。その写真に見覚えがあった。 「これは……以前取材しに行った岩手県の伝説記事の写真じゃないですか」 「俺もそう思ったよ。あれは印象的な記事だったからよく覚えている。でも、これは明らかに素人が撮った写真だ」 「盗撮ですか?!」 言葉は悪いがそうとしか言いようが無い。それは藤原も同じだったらしく、苦い顔をしていたが目で肯定していた。
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