第3話 花色衣と月の影

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「ほら、元歌、書いておいたぞ。お前、和歌を始めたのか?」  夫は私にソレを手渡す。両手でそれを受け取った。 「うん、最近ね、たまたま深夜アニメで、源氏物語をやっていたの。また流行り始めたみたいね。それで、今更なんだけど少し興味出て来て」 平静を装いつつ、ドキドキしながらそれを読む。  言ってなんかやらないんだ! というか、言える訳ない。まさか、 ~少しでもあなたの気を引けたら~  なんて。本当は密かに、少しずつ少しずつ和歌に関する本を読んでコツコツ勉強して きた、だなんて。  さぁ、まずは私が書いた和歌だ。和泉式部の有名な和歌から書き写した。 ~黒髪の 乱れも知らず うち臥せば まづかきやりし 人ぞ恋しき~ <和泉式部> (口語訳) 黒髪が乱れる事も気にせず臥せっていると、この黒髪を撫でてくれた恋しい人が恋しくてたまらない。  夫が書いてよこしたものは、この歌に触発されて本歌取りをしたあの「藤原定家」の和歌だった。 ~かきやりし その黒髪の すぢごとに うち臥す程は 面影ぞ立つ~ (口語訳) 一人で臥せっていると、私が撫でてやった女の髪の一本一本が想い浮かんで来る。  業界では有名な和歌だ。 夫からしたら、普通に返して来ただけで、そこに意味は無い。だけどドキドキしてしまう。……夫は気づいただろうか? 一吾が一人で入浴出来るようになってから再び、髪の手入れをし始めた事に。若い頃と変わらず、ぬばたまの黒髪に戻っている事に…… 「そうか。今、若い人にもじわじわ和歌の魅力が伝わり始めているみたいだな。マスコミの影響は凄いな。百人一首をアニメ仕立てにしたものも、人気が広まるきっかけだったらしいぞ」  主人は朝食を食べながら、嬉しそうに語っている。なんだか嬉しい。それだけで。別に何かされた訳じゃないけど。 「へぇ? 何ソレ? 知らない、見てみようかな」  その流れに乗ってみる。 「あぁ、今日予定がないなら、ビデオでも借りに行ってみるか?」 …トクン… 「いいの? あなたは知ってる内容だから退屈じゃない?」  嬉しいけど、無理に付き合わせたくはない。 「まさか! それなら僕から提案しないよ」  と夫は笑った。 「わーい」私は子供みたいに喜んでみせた。 さすが「和泉式部」様だ! 恋多き女性の御利益だ!思いがけない事で夫と接点が出来て素直に嬉しかった。
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