第3話 花色衣と月の影

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 それから毎日、夫とは少しづつ和歌に纏わる話をするようになった。 夫は帰りは深夜になっても、泊まってきた事は今までにない。病院の薬剤師なのだ。それを口実にするには不自然過ぎるからだろう。  けれども最近、少しずつ帰宅時間が早くなった。二週間を過ぎた頃は、木曜日以外は定時で帰宅する程にまでに。和歌効果、だろうか?  (いにしえ)の正室達の情念、或いは愛し合うのに結ばれない恋人達。彼女達が、力を貸してくれているのだろうか? だとしたら、精神誠意、夫に向き合う事でご恩に報いよう。和歌も、少しずつだけれどしっかり学ぼう。そう思った。  そして一カ月ほど経った。実は来週の木曜日、私達の結婚記念日なのだ。しかし、その日は和歌の会の日。夜遅くには帰ってくるだろうけど、朝から夫と過ごしたい。だからその日は予め、パート先は有休を取った。  新しく購入した半紙を筆ペンで、またある和歌を書き写す。そして 『今度の木曜日、16回目の結婚記念日ね。朝から一緒に過ごしたいの。水曜日の夜、返事を聞かせて』  と添えた。 筆ペンは書きなれないし、まだ和歌も詠めないが、言の葉の一言一句に、想いを込めて。  早朝、新聞と共にリビングのテーブルに置いた。
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