第1話 常花《とこはな》

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水すだれ 水面たゆたう ハナミズキ        黒髪流るる 薄紅(うすべに)の花                (銀月之剣(ぎんづきのつるぎ))  これが、今の夫から付き合う時に詠んで貰った和歌だった。 あの人は「下手くそなんだけど…」と照れたように笑って、半紙に墨汁で書いたこの和歌をしたため、薄紅色のハナミズキのバレッタを添えてくれた。  バレッタは、紙粘土で作って樹脂で固めてくれたそうだ。彼の手作り!それだけで嬉しかったし、何よりもお店で売っているのと変わらないくらい、精巧に出来ていた。和歌に紙粘土。私には未知の世界を持って生き生きと活動している彼が、とても新鮮で太陽みたいに眩しく見えた。  嬉しくて、その場で髪をハーフアップにして、そのバレッタで留めた。 「黒髪に凄く映えるね」  彼は目を細めて言ってくれた。 真っ黒で艶々した髪は、小さな時から周りによく褒められた。だから茶色くカラーリングする事がお洒落の基本、のような風潮でも流されず、日頃からのお手入れも怠らずに来た。  私は草階葉月(くさかいはづき)当時22歳。大学を卒業して、とある化粧品会社の美容部員としてドラッグストアに立つ日々を送っていた。  勤め始めて半年過ぎたあたり、漸く落ち着いて来た頃、好奇心旺盛な親友に誘われて顔を出してみたのが、『和歌に触れてみよう!和歌体験講座』だった。  そこで出会ったのが彼だった。彼の名は秋吉惟光(あきよしこれみつ)25歳。薬剤師としてとある病院に勤めていた。木曜日と日曜が休みの彼。平日しか休めない私。自然に意気投合しLINEで繋がった。  私自身はは和歌講座とやらはその体験講座一回きりだったけれど、彼はずっと通い続けていた。俳号は「銀月之剣」だそうだ。月の(つるぎ)とは、所謂(いわゆる)『三日月』の事である。手作り紙粘土の方は、三カ月通って一通り基本をマスターしたとかで、 後は趣味で自宅で何か作り続けるそうだ。  付き合うにいたるまで、出会いから一カ月とかからなかったと思う。
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