第1話 常花《とこはな》

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 ある木曜日、二人でランチをした後の事だ。 顔を赤くした彼。彼はどちらかと言えば色白で、面長の輪郭に涼やかな目元。典型的な殿様顔だったから、顔が赤くなるとすぐにバレる。 「あの!結婚を前提に、お付き合いして頂けますか!?」  と彼が差し出したのが、この和歌とハナミズキのバレッタだった。それは薄桃色の紙バッグに入れられていた。 水すだれ 水面たゆたう ハナミズキ        黒髪流るる 薄紅(うすべに)の花                (銀月之剣(ぎんづきのつるぎ))  上手いか下手かなんて、ハッキリ言って私にはわからない。けれどもその和歌を初めて読んだ時、脳内にこのような情景が浮かんだ。  緑に囲まれた森。涼し気に流れて行く清流。流れは徐々に早くなり、滝となって落ちていく。水すだれ、滝の事だろう。流れも音も爽やかな小さめの滝。水面にハナミズキが浮かび揺れる。場面が変わって女性の流れるような長い黒髪。薄紅色のハナミズキが、その髪に飾られている。  女性の髪が、滝のように美しく流れる事と水すだれをかけているのだ。 私にはとても風流に思えたし、携帯・パソコンが主流の時代に、「手書き和歌」は非常に珍しく、そして新鮮に見えた。  返歌など出来る筈ないので、 「有難う! 嬉しい。こちらこそ宜しくお願いします!」  と私は右手を差し出した。彼はみるみる嬉しそうな表情を浮かべ、右手を差し出した。 こうして私達の交際が始まった。  それから順調にお付き合いが進んで、彼からプロポーズを受けたのは私が24歳、彼が27歳の時だ。  7月の誕生石、ルビーのリングとともに、プロポーズ和歌をしたためた半紙を添えて。 淡いブルーのラッピング袋に入れて渡してくれた。
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