本編

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少年だった。画面が揺れる。低身長で痩せた少年が床に突っ伏した。父親のお下がりなのか、やけに大きいTシャツを来ていた少年は頭を庇いながら男を見つめた。私はその少年を見た瞬間、彼の歩んできた短い人生、現在の逃れられない苦しみ、たった1人の肉親に対する愛と憎悪、それら複雑な事象、全てを理解した。理解したというのは正しくないかもしれない。私はそれらを“思い出した”のだ。男は怒鳴り続ける。少年はゆっくりと立ち上がった。男が少年の腹を殴る。少年は身体を折り曲げ、唸った。私の身体も動画の中の少年と呼応する。少年の襟元を男が掴んだ。みすぼらしいTシャツが伸びる。私は声にならない声で「やめろ」と叫んだ。少年の口元が微かに動いた。「とうさん、お仕事……」それが言い終わらないうちに、男は振り上げた拳を少年の痩せた頬に叩きつけた。少年が後ろに倒れる。そこには柱があった。鈍い音がして、少年はおかしな方向に手足を投げたまま床の上で動かなくなった。私はただ画面を見つめる。男は肩で息をしていたが、やがて冷静さを取り戻した。自分がやった“取り返しのつかないこと”に気づいたようだ。そして、カメラの方向に目をやり、もう一つの“取り返しのつかないこと”に気づいた。男と私の目が合う。男は怒涛のごとく流れているコメントに目をやる。人殺し、人殺し、人殺し、人殺し……。男は目を見開き、後ろに数歩よろめいたあと、画面に駆け寄り、手を伸ばした。動画が終わった。画面から男が消えた後にも、床に倒れた哀れな少年の姿が消えなかった。
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