本編

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しかし、今回は調査対象は個人の民家の中、依頼者は検察ときた。何か胡散臭いものを感じながらも、仕事であると割り切って動画に目を通し始めた。一覧から最も古い動画を呼び出し、再生する。再生枠の中に部屋が現れる。2010年代にしても、古いタイプの建物内部であった。典型的な日本家屋。畳は日に焼けて黄色くなり、天井を支える柱はタバコのヤニで茶けて、表面には妙なテカリがあった。壁には所々、穴が空いていて、“オキナワ”の海岸のカレンダーが貼られている。それは8月を示していた。人は写っていない。カメラは固定されていて、扇風機が動いていなければ、静止画と見間違ったかもしれない。遠くから足音が聞こえてきた。板張りの廊下を歩く音。左側の磨りガラス戸に人影が映った。40代の男のようだ。髪は短髪で、逆立っている。ロックバンドのTシャツは首元がほつれていた。男はカメラの手前に一瞬眼を向けて、カメラの前に座った。男が喋り始める。この動画は生放送の配信だった。カメラの右下を睨みながら話し続ける。コメントを通じて、インターネットの向こう側にいる人間と会話しているのだ。10分ほど眺めて、私は動画を停止した。カメラは固定されていて、アングルは変わらない。これでは部屋の3Dモデルを構築するには、なんの役にも立たない。
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