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あのね。
わたしは、五歳のときからずっと、病院にいたの。
病気の名前や症状は、わたしも詳しくは知らないんだ。でも、ぜったいに治ることは無いっていうのだけは知ってた。
入院してるとね、たまに検査があるんだ。それもたいてい、辛かったり、苦しかったりする。でも、検査の結果がいいときは、お父さんが喜ぶんだ。
わたしも、うれしかった。お父さんが、笑ってくれると。
でも、それだけだった。
わたしができたことは、それだけ。
本当なら、お父さんには学校の表彰状とかで喜んでくれないと、おかしいっていうのにね。
わたしが覚えていることといったら、消毒液の臭いと、お父さんが毎日差し替えてくれるお花の香りくらい。
私はずっとからっぽだった。
毎日毎日、どうにか生き続けているだけ。
死んでないだけで、本当に生きているとは、とても言えないんだなあって。わたし、気づいちゃったの。
そうしたら、検査の結果もどんどん悪くなっていった。お父さんも、笑ってはくれるけど表情に影があった。分かるよ、わたしにだって。賢い子じゃないけど、それくらいはね。
だから、もう終わりにしたかった。
神様に祈ったつもりはなかったけど、でも「終わり」は思ってたよりもずっと早くに訪れた。
わたしは、月に一回だけ外出許可が下りるの。いつも、お父さんにねだってドライブをお願いするんだ。その日も、きれいな海沿いの道を目指して車を走らせてくれた。
助手席に座っていたわたしは、青い海をながめていたら眠くなった。そのまますっと目を閉じたら、身体が軽くなって。……わたしは、死んじゃったんだ。
痛くも、苦しくもなかった。
お父さんとは、何もお別れの言葉も言えなくって、それだけが辛かったけれど。
でも、これでわたしもお父さんも……きっと自由になれるんだなあって。思ったんだ。
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