黒塗りの高級車と化した幼女

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「今年に入ってから、デコトラの人身事故が多発するようになった。あの都市伝説がきっかけでな。おかげで街中から派手なトラックは姿を消したが、今ようやく目の前に現れてくれたんだ……! 俺を轢き殺して、来世へ導いてくれよ!」  こんなヤクザの人にまで、あの都市伝説が蔓延していたのか……。 「もう娘は……蜜柑は、居ない。だからとっとと死んで、次は蜜柑が死なない世界で第二の人生を歩ませてくれ。もう生きていたって、どうしようもないんだッ!!」  「もう生きていたって、どうしようもない」。引きこもりの俺が出した結論と同じ言葉が、こんなヤクザの人の口から飛び出るなんて。 『お父さん……。ごめんね、ごめんね……』  蜜柑ちゃんから漏れ出た言葉は、謝罪だった。優しい子だと思う。けれどその言葉は、お父さんに伝わることはない。互いの言葉は一方通行で、決して重なることはなかった。  それに俺としても、このままお父さんを轢いてしまうのは躊躇われる。  引きこもりのニートだった俺が、他人様をどうこう言うのはおこがましいかもしれない。だって、相手はヤクザ。俺とは目線が何もかも違うんだ。  決して交わることのない、目線……。  思い出す。親戚のおじさんが俺の首根っこを掴んで罵声を浴びせた、あの日。 『もういい! とにかく外へ出ろ! 引きこもってちゃ、何も始まらんだろうが!』  おじさんはそう言って、嫌がる俺を無理矢理に外へ連れ出したが、結果何も変わることはなかった。むしろ、余計に外が怖くなった。俺は何も変わっちゃいないのに、周囲の風景はすっかり様変わりしているのを見たから。その揺るぎない事実を、まざまざと突きつけられたような気がして……。  あの日のことは鮮明に覚えているし、思い出すたびに腹が立って仕方がない。  相手の気持ちを汲まずに、ただ自身の感情をぶつけるのは害毒でしかない。物知り顔で説教をする方は善行をした気分にはなるだろうが、された側はとんだ被害者だ。  だから……物理的にも精神的にも意志の疎通がかなわない今の状況も、悪くはないのかもしれない。少なくとも、知った風な口を利いて相手の心を踏みにじることは無いのだから。
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