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ドライブコースを外れ、元いた街に戻る最中。蜜柑ちゃんのお父さんは降車を希望した。
「俺、これからも蜜柑のことを大事にして……精一杯に生きるつもりだ。だから、見ててくれよ。蜜柑」
車から降りたお父さんは、たばこを取り出して一服した。憑き物が落ちたかのように晴れやかな顔をしていた。
「目が覚めた気分だよ。そもそもあんなネットに転がってる与太話を真に受けている時点で、よほど参ってたんだろうな、俺も。だからさっきのは俺の心の弱さが招いた白昼夢か何かだったんだと思う。だいたい、無人の車に拉致られるなんておかしな話だよ」
「そうだそうだ、そうに違えねえ」と、お父さんがうんうんうなずく。対して蜜柑ちゃんは『お父さんったら、意地っ張りなの』と少しご機嫌斜めの様子だった。
「死ねばすべてが救われるだなんて、俺としたことが情けねえったらないぜ! 極道モンである以上、生ぬるい死出の旅へなんて行けるはずがねえだろ? 俺は俺らしく、これからも生きていかなきゃならねえ。蜜柑の所へ逝けるのは、もっと後だ。あいつの好きだったこの世界を生きて、そして死ぬまで楽しみ尽くしてやる! それが、蜜柑への手向けにもなるだろうから」
その独白は、俺たちに向かってなのか、自身への問いかけだったのか。分からないけれど、お父さんの瞳の奥からは、決意の炎を見た気がした。
「これはきっと白昼夢、都合のいい幻だ……。けれど、挨拶くらいはしっかりしておかねえとな」
そう言って、蜜柑ちゃんのお父さんは俺たちに向かって、深く深くお辞儀をした。それも九十度腰を曲げた最敬礼。受けた恩義はきちんと返す人なんだろうが、ちょっとビビった。
「じゃあな、お前ら」
『お父さんもね! ばいばーい!』
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