二人の物語の始まり

6/16
前へ
/318ページ
次へ
「優しいのはいいけど、そんなことじゃ人生損ばっかするぞ?」 「優しい? 誰がですか?」 「おまえだよ。どこの世界に車に撥ねられて、大人しく引き下がるようなお人よしがいるんだよ?」 「だから、撥ねられたわけではないですし、オレも当直明けでぼんやり歩いていましたから」 「……分かった。もういいから。ゆっくり休め」  沢井はひどく優しい声でそう言うと、黒崎の頭をそっと撫でた。  沢井の大きな手は、二度、三度と黒崎の頭を撫でる。 「みんな心配してるぞ。研修医っていっても、おまえは即戦力だからな。欠けられるとさすがにキツイ」 「すいません……」  そのとき、沢井のPHSが鳴った。  彼は短く応答してから、PHSを切ると、もう一度黒崎の頭を撫でてから、 「あとでまた、様子を見に来るから。大人しく寝てるんだぞ」  そんな言葉を残すと、病室から出て行ってしまった。
/318ページ

最初のコメントを投稿しよう!

490人が本棚に入れています
本棚に追加