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三月の突然の言葉に、沢井は形のいい眉をひそめた。
「どうして?」
「黒崎はとても優秀な人材よ。だからつまらないことに煩わされずに成長して欲しいのよ」
「なんだよ? それ。オレがあいつを想うのはつまらないことかよ?」
沢井の切れ長の瞳が鋭く三月をにらみつけた。
「そうよ。それでなくても黒崎は複雑な事情を持っている子よ。あなたも知ってるでしょう? 黒崎が大きな会社の一人息子だってことは」
「ああ。部長からチラッと聞いたよ」
そう、沢井の思い人は、会社の跡取り息子にもかかわらず、家督の権利を捨て、医師への道を選んだという話だ。
「……この前、学会で黒崎が卒業した医大の教授と話す機会があったんだけど、その教授、黒崎のことをよく憶えていたわ。稀に見る勤勉な学生だったそうよ。合コンの類には一切参加せず、バイトを幾つも掛け持ちして。それでも成績はいつもトップクラスで。……あの子は真面目で繊細な子よ。あなたが中途半端に手を出したりしたら、傷つくのは黒崎なのよ」
「オレは中途半端にする気持ちはないよ」
元妻を真っ直ぐに見据え、沢井は言った。
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