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「あいつ、腕はいいんだよな、愛想はないけど」
沢井は呟いた。
「また黒崎の話か? 沢井、おまえこの頃、ほんっとあいつの話ばっかしてるよな」
沢井の呟きを受けて、川上が半ば呆れたように応じる。
一日の診察が終わり、がらんとした広い待合室の長椅子に腰かけて、二人の外科医は話をしていた。
沢井は既に帰り支度を済ませた私服姿、川上はこの日は当直に当たっているので、まだ白衣姿だ。
「天使のような顔をしてるくせに、ニコリとも笑わないんだからな。……まあ、そういうアンバランスさも魅力なんだけど」
沢井は少し冷たげな端整な顔を和ませて微笑む。
「黒崎がおまえの好みのタイプだっていうのは、一目で分かるけど、研修医に手を出すのはやめたほうがいいって」
「おまえまで、三月先生みたいなこと言うなよ、川上」
三月とは二人の同僚で、沢井の元妻だった女性外科医だ。
二年前に短い結婚生活を終え、離婚した。二人のあいだには愛奈という娘がいて、三月のほうが引き取っている。
「三月先生がそう言いたいのも分かるよ。おまえが黒崎を指導する立場だなんて、狼の前にウサギを差し出すみたいなもんだよ」
「失礼だな。運命と言ってくれよ」
沢井はきっぱりと言った。
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