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二人の物語の始まり
「分かった。オレはもうなにも言わないよ」
川上はお手上げというふうな仕草をしてみせる。
「サンキュ。……まあ、まだなにも始まっていないからな。黒崎はその手のことには鈍感そうだし」
「あー、それは言えてるかも。外科医師として優秀なぶん、恋愛事には無頓着そうだな」
沢井の意見に同調してから、川上は腕時計に視線を落とす。
「おっと。オレ、そろそろ行くよ」
「ああ。今夜は山本とだっけ? 当直。あいつとなら退屈しないですむだろ」
「まあな。少々うるさいけど。とにかく急患や急変がないことを願っててくれよ。じゃ」
そう言うと、川上はスタッフステーションのほうへと歩いていった。
沢井も立ち上がり、関係者用の出入り口へ続く廊下へと向かった。
節電のため、照明が最小限に絞られている薄暗い廊下を、真ん中くらいまで歩いてきたとき、出入り口のところに誰かがしゃがみ込んでいるのが見えた。
薄暗いうえ距離があるので、よく見えないが、とにかく具合が悪そうな様子に見えたので、沢井はその人物のもとへと走っていった。
「大丈夫ですか? ……って、え? 黒崎!?」
しゃがみ込んでいたのは、沢井の思い人、黒崎雅文だった。
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