霊を呼ぶ

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霊を呼ぶ

 あなたは友人とレストランで向かい合っている。  食事も終わり少しだけお酒を飲みながら、他愛もない話をしていた。  ふと友人が思い出したように「そうだ」と声をあげる。 「この間、怖い話を聞いたんだよ」  唐突な切り出しに、あなたは首を傾げた。  だが怪談が好きなあなたは、そのまま小さく頷いて話を促した。 「どうってことはないんだけど、お風呂に入っている時に……」  友人が声のトーンを少し落として、話を続けた。  霊を呼ぶだとか、降霊術だとかいうその話のやり方は、シンプルなものであった。 「頭を洗ってるときに、目を閉じる。それで三つ数える。一、二、三、ってね。そうしたら左手で顔をぬぐって、頭のなかでおつかれさまと唱えて鏡を見る。そうすると、出るらしいんだよ。後輩がこれをやってさ……」  あなたは肩透かしをくらったような気持ちで苦笑しながら相槌をうった。  そんなことで何かが起きるはずはない、という思いもある。  やがて友人との食後の会話も終わり別々に帰路へとついた。  あなたは友人と別れて夜道を歩く最中、どっと疲れを感じている。仕事のあとに人に会うといつも疲れが出てしまう。家路を急いだ。  家に帰ると仕事着を脱いで下着姿になった。  そこであなたは考える。このまま部屋着に着替えるか、それともシャワーを浴びてこようか。  秋らしくない蒸し暑い夜だ。あなたは先にシャワーを浴びてすっきりしようと決めた。  全身にシャワーをかけて、身体を洗い始める。シャンプーに手を伸ばしたとき、あなたはふと友人の話を思い出した。  シャンプーを髪になじませて泡立てる。  泡が額をつぅとこぼれ始めたころ、目を閉じて微笑んだ。  ――ここで一から三つ数えるのだったか。  そんなことはしないと思ったが、戯れに試してみたい気持ちもある。  そこで髪を流しながら、三、二、一……と友人が話していた順番と逆に文字を数えた。  髪を洗い終え泡がついた顔を、濡れた左手で拭う。心のなかに友人の言葉が蘇った。  ――おつかれさま。
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