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ゾロゾロと巣の入り口に向かって列に並ぶ蟻のような隊列の先にはサウナのように蒸し蒸しとした、それでいて押し潰されそうな圧力に雁字搦めにされた鉄の巣が待ち構えているのだ。
僕の乗車順番が来たところで発車ベルが鳴り、もう乗れませんよと主張してくるように乗車口でしかめっ面をしているおっさんを見てそもそも乗ろうとしていなかったが、乗るのを僕は諦めた。
だって僕は乗らなくてもいいのだから。
もう五分で僕は終わる。
僕という人間は五分後に終わるのだ。
1人の人間の終わりというのはどういうものだろうか。
そして、1人の人間の終わりを見る人達はどういう人間なのだろうか。
普通、人の終わりというのは祖父であったり祖母であったり、叔父や叔母、父や母、要するに親戚の中で体験する場合が多いのではないかと思う。
しかし、今この駅のホームにいる人達はまるで見知らぬ前途ある若者の死を目撃するのだ。
そんなところ見たくないというのが本音だろう。
会議もあるし、資料も作り終えてないかもしれない、重要なアポイントがある人もいるかもしれない。
もしかしたら、今日これから人生を決める出来事を迎える人もいるかもしれない。
そんな人達を巻き込んで僕は全てを終わらせるのだ。
朝食べたパンや飲んだコーヒー、吸ったタバコ。
そして、そしてーーー。
色々思い出しながら書き綴った一枚の便箋。
あ、お風呂のスイッチ消したっけ?
そんなことを思っていると、車両進入のアナウンスが流れて来た。
目前に迫る死、しかし心は穏やかで身体を投げた瞬間に見た景色は、運転手の蒼ざめて必死で唇を噛み締める形相だっーーー。
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