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ホームビデオ
「おーい、健介」
呼ばれて振り返ると、デジカメを抱える父がいた。
「どうしたんだよ、デジカメなんか持って」
まさかテレビに映る甲子園を直撮りで録画とかそんなことするんじゃないだろうか、父はそう息子に思わせるほどの機械音痴なのである。
「いや、大したことじゃないんだ。なんていうか、ホームビデオ?」
「まさか今撮ってんの?」
「そりゃ、健介の顔を映すためにお前の名前呼んだんだから」
「勘弁してくれよ」
そう呟いた言葉は、親父の耳には入らないらしくテレビから流れる大歓声にたちまちかき消されているようだった。
「それ、なんのための動画なの?」
父に投げかけてもうーん、と誤魔化すだけで何も返事が返ってこない。
なんだかなあ、調子狂うぜまったく。
そんな俺の調子が影響したかしてないかは定かではなく、画面に映る我らが埼玉県代表校は途端に投手が打ち込まれ始めた。
「あーあ、親父のせいだぜこれ」
「父さんなーーー」
急に父の口から駆り出された言葉を俺は上手く聞き取ることができなかった。
テレビから鳴り響く快音のせいではなく、脳が信号として受け取ったその言葉の意味を理解することを拒絶したのだろう。
無反応な俺を見て再び父が同じ言葉を口にする。
「父さんな、戦地に行くことになった」
「それで、ビデオ?」
「ああ、まあな。向こうで寂しくなった時にお前を見れば元気出るかなと思ってな」
「それにしてもなんでいきなり?」
「向こうに行ってた記者がな、病気になって帰国することになってその代わりだ。安心しろ、戦地といっても後方の取材エリアで活動するだけだ」
ふーん、と一言呟いた後、それならきっと大丈夫だなと、どこか安心してテレビ画面に視線を戻す。
「相変わらず埼玉の夏はダメか?」
親父の問いに答える俺の言葉は少し震えていた。
「ダメなもんか、こっから分からんよ。きっと勝つ」
きっと、その言葉を俺は自分に繰り返し言い聞かせていた。
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