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白で固められた部屋は、病院の個室だった。
中央では、ひとりの老女がベッドに横たわっている。管に繋がれ、もう余り時間は残っていないようだ。
「苦しいかい?」
男の声がした。老女が反応する。ピクリ、と瞼が攣り、薄ら眼を開けた。
「大丈夫かい? 僕がそばにいるからね?」
「……」
老女は、よく見えていないだろう双眸を気配を辿り声の主へ向け、静かに微笑んだ。
「最期にやっとあなたを手に入れた……」
断続的だった電子音が、やがて二人を引き裂くように鳴り響いた。
「……祖母は、安らかに逝ったでしょうか」
白い病室で、女が医師に問うた。
「どうでしょうか……少なくとも、お顔はきれいですが……」
医師は口籠りつつ、どちらとも言えない返答をした。女は、老女の孫娘は、老女の面持ちを眺めながら、ふ、と鼻で笑った。
室内には老女と、孫娘、そして看取った医師の三人だけだった。
先程まで老女の傍らにいた、声の主らしき男性は見当たらない。
それもそのはずだ。
「では、頭の針を外しますね。もうすぐ葬儀屋さんもいらっしゃるでしょうから」
そう言って、医師は老女の頭からするすると無数の針を抜き取った。針には何やらコードが繋がっており、呼吸器の隣の機械へとコードは続いている。
機械は、VR機器だった。
老女が聞いた声も、気配も、すべて機械が作り出した仮想現実だったのだ。
二千年前期、VRは発展し一般家庭への普及も始まった。レジャー施設からテーマパークなどのアミューズメント施設、果ては仕事や買い物、コミュニケーションまで、別の場にいながら体感出来るVRはゆっくり、生活の一部となった。
医療にしても、手術のイメージトレーニングに認知症の治療、事故や病気で障害を負った者たちのリハビリの補助など、ありとあらゆる場所で有効活用されて来た。
こんな世の中で、葬儀や終活にVRが使われないはずが無かった。
「生前、祖母はずっと“私は婚約者が別にいたのに、祖父と結婚した”と言って憚りませんでしたから……最期くらいVRででも会わせてあげられて良かったです」
孫娘の声音は言葉とは裏腹に、どこか冷たかった。医師は何とも言えないと言いたげな表情で機械を片付ける。
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