猫と戯作者

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 これもみな仏の罰、親を粗略に扱いし次郎には…… 「……つっまんねえ」  それ以上書く気にもならず、筆を置いて床に寝そべる。  天窓のすぐ下におかれた文机が周の仕事場だった。  将軍も一一代目を数える江戸の町は空前の出版景気だ。『八犬伝』や『東海道中膝栗毛』の大当たりも記憶に新しく、人気作家は当然の事ながら、周のような無名の人間にも多少の仕事は回ってくる。  天窓の向こうには青空。  表からは子どもたちの歓声や物売りの声がひっきりなしに聞こえてくる。 「オレも遊びに行こうかな」  しかし先立つものがない。  いつも自分の本を出してくれる貸本屋に、前借りにいこうか。それよりは、今書いているものを仕上げてからか。 「どうすっかな」  寝そべりながら、髪をかきむしる。一つにくくってあるだけの髪は、あっと言う間にぐちゃぐちゃになった。  旗本の実家を出て以来、髷を結うこともない。面倒くさいこともあるが、なにより髪結いに出す金も惜しいのが本音だ。  日本橋近くの照降町で店を開いている傘屋『まるじゃ』。  二階建ての一階部が店、二階は屋根裏といってもいい板張りの六畳間だけの建物だ。     
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