猫と戯作者

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 実際、周が来るまでは物置に使われていた。その二階に居候を始め五年になる。 「周様、いたるさまあ」 『まるじゃ』の女房・春の銅鑼声が下から響いてきた。  枯れ木のような亭主とは正反対に、恰幅のいい女房は声も大きい。 「周様、お客様ですよ」 「客ぅ?」  心当たりがない。  二階の板の間の片隅には、大人の男が一人通れるかどうかの四角い穴があいていた。一階との行き来には、そこに掛けられた梯子を上り下りしなければならない。  周は梯子を下りず、四つん這いの姿勢で穴から顔だけ出した。  目が合うと、春が顔をしかめる。 「ちょっと、ものぐさしないで、降りてらして下さい」 「で、お客って?」 「話を聞かないお人だねえ。ほら、こちらのお方です。じゃ、あたしは店があるから」   一方的にまくし立てて、春が店先に消える。  入れ違いに現れた男が、梯子の登り口からこちらを見上げてきた。  片手に大刀を下げた、着流し姿の若い男だ。自分と同じ年頃だが、見覚えはない。  男は「あがるぞ」と一方的に告げ、梯子をあがってくる。 「あ、おい、あのさ……」  あがりきった途端、鈍い音がして男が頭を押さえる。  うずくまる男に、周はあきれた声を上げた。     
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