歯車。

バイト。

　息を切らしてバイト先の飲食店に着くと、店長が店のシャッターを上げている所だった。

「店長、おはようございます。あの……ちょっと時間いいっすか？」

「おはよ、いいよ。どうした？ そんな息切れして」

　店長はにやにやとしながら、くわえ煙草を地面で消した。

　よし……今日は機嫌が良さそうだ。

　店の中に入りまだ音楽も流れていない静かな店内で、俺は店長に事情と内容を話した。

　店長はまた煙草に火をつけて本日おすすめのお品書きを書きながら言った。

「正夫～、悪りぃな……前借りは、やってないんだ。
お前が苦労してるのは、よく分かるけどよ？こっちもボランティアじゃなくて商売だろ？しっかり前回ミスした分のお金も給料から引くし、前借りも無理だ。すまないな」

　俺はこの間、皿を棚から15枚程落として割ってしまった。それが無くても店長が言ってる事はよく分かる。

　仕方ない、仕方ない事だ。皆生きている。

　其々の生活があるのだから。

「はい……分かりました」

　そもそも話しが上手いこと通るなんて思っていなかった。

　俺はつきだしの漬け物を小皿に分け始めた。
　漬け物が滲んで見えた。

　分かってる。
　現実を分かっている。
　なのに優美の顔や翔太の笑顔や、何もしてくれない祖母や、俺たちを見捨てた両親が浮かんできて、水に垂らした墨汁のように重なって……

　そして、目に涙を溜めていた。

　──俺に出来る事はなんだ？なんも無いよ。

　俺はその涙目が、店長や、そろそろくる笹野や、パートのおばさん達に見つからないように、くだらない事や、楽しかった事を必死で思い出していた。