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サキは私の目を見つめていた。
「飛び降りなんかやめときなって。きっとものすごく痛いよ。まだタバコのほうが良いって、多分」
「癌の末期も、すごく痛いらしいわよ」
「らしいね……まあ、でも、なんて言うか、あんたがもし飛び降りたら、癌よりも痛いんじゃないかなって思うんだよね。なんでか知らないけど」
「……そう」
なんだか不思議な気持ちだった。嬉しいのか、悲しいのか、悔しいのか、それらの内のどの感情なんだろう。あるいはそれらの全ての感情なのかもしれない。いまの私ではとても整理できそうにない。
「帰るのか?」とサキが聞いた。
「うん。日を改める」
ただ一つ言えるのは、飛び降りようとする意欲を奪う気持ちだということだった。少なくとも、今は。
「そこはもう来ないって言ってくれよ。これ、そんなに美味しくないんだよ」
そう言いながらもサキはタバコを吸って、煙を吐いた。その副流煙は悪臭そのものの筈なのに、少しだけ甘いバニラの香りがした。
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