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普通に警察なり、救急車なりを呼べば事足りる話なのだろうが、第一発見者は疑われるというのがセオリーだ。それに、偶然ここを通りがかった、なんて理由は、それが事実であろうとどうにも弱い。時間も時間だ。ましてや、こんな疲れてよれよれのナリ――あまり自分で言いたくはないが――した単なる勤め人の言うことなど。
少しだけ考えて、俺は何も見なかったことにして、早急にこの場を立ち去ることに決めた。道徳的な問題は多々あるのだろうが、俺にとっては見知らぬどう見ても訳アリっぽい少年の遺体よりも、明日の出勤までに一分でも多くの睡眠時間を確保することの方が重要だった。面倒事は死んでも避けたい。
そうして、さっさとゴミ捨て場の前から逃げ出そうとした次の瞬間、俺は周囲に積まれたゴミ袋のひとつに躓き盛大にすっ転んだ。
「いってぇ!」
衝撃で、横たわっていた少年の体が滑り落ち、道路へと転がる。
まずい、と思ったその刹那、地面に俯せの姿勢になっていた彼の指先が、ぴくり、と動いた。
「ん、んん……」
……動いた? 嘘だろ。
俺は目の前の光景を疑った。つい先程確かめた時は確かに息をしていなかったはずの人間が、動いた。呆然としている俺をよそに、少年は微かな呻き声と共にのろのろと身を起こすと、その顔を上げて、こちらに視線を向ける。
月が、俺を見ている。そんな表現が真っ先に頭に浮かんだ。
開かれた少年の瞳は、まさしく夜空を支配する輝ける月。それに等しい色合いをしていた。
ぼんやりとした様相の彼は、瞬きを数回繰り返すと、緩慢な動きで立ち上がり、俺の方へと近づいてきた。生気のない顔も相俟って、なんだかゾンビ染みて見えるその姿に、俺は思わず後ずさる。正直、叫び声が喉まで出かかっていた。
じりじりと距離を詰めてくる少年。後退する俺。ゴミ捨て場向かいの塀に、背中が当たる。伸ばされる少年の腕。待ってくれとりあえず!
「…………おなか、すいた」
少年の指先が、俺の頬に触れるかどうか、といったところで、彼はぽつりとそう呟き、まるで電池が切れたように俺の胸へと倒れ込んだ。……なんだこの状況。
「……あー…………くそ、最悪」
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