『月夜のレプリカント・ラヴァー』

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 行き倒れかもしれない人間を、このままここに放置していくことなど出来なかった。ついさっきまで遺体(だと思っていた)を見ない振りで逃げ出そうとしていた人間が何を、と自分でも思うが、状況が変わった。俺はもう散々この少年に触れてしまっている――と言うと語弊がある。指紋的な意味だ――し、彼を置いて帰宅したところで、どうせ気になって眠れやしないだろう。それに、朝になってから、ついに餓死して本物の遺体になってしまった少年を、通りすがりの誰かが発見した、なんて話を万一耳にしようものなら、きっと俺は今後この道を通れない。  つまりは、連れ帰るしかないのだ、もう。 「……面倒くせえぇ……!」  誘拐、の二文字が頭を過ぎるのを、首を振って「保護」という名目に書き換える。とりあえず、帰ったら何か食べさせて休ませて明日の出勤途中にでも警察に預けに行こう。それしかない。  ついに腹をくくった俺は、倒れた少年を背負い、家路を急いだのだった。……こいつ、細っこい癖にやたら重いな。  少年の重さに気を取られていた俺は気づかなかった。背負った彼が、先程と同じように、呼吸ひとつしていないという、ことに。 *** 「(起きないな……)」  そこそこ築年数の経ったアパートの、1LDKの簡素な一室。ほとんどシャワーを浴びて眠るためだけに帰ってきているような俺の家。毎朝畳んで部屋の隅に寄せるくらいしか出来ていない薄っぺらな布団を敷いた、その上に寝かせている少年を見遣る。  俺は今、電気ポットのプラグをコンセントに挿し、お湯を沸かしている。腹が減ったと言っていた彼が目を覚ましたら、何か食わせてやろうと思ってのことだ。尤も、生活が不規則すぎる俺の家に、ろくな食べ物は無く、すぐに口に出来そうなものはカップラーメンくらいである。お湯を沸かしているのはそのためだ。
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