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だがしかし、ローテーブルに置かれ、調理されるのを待つこのカップラーメンは、ただのカップラーメンではない。月に一度の贅沢として給料日に買い、次の給料日の前日に食す、というサイクルの中にある特別な一品なのだ。ちなみに一個税込五四〇円。まだ入社三年目の身分であり、それほど潤沢な給料を戴いている訳でもない俺にとっては高級品だ。一食にかける金額としては大きい。今は同じくらいの金額で、温かく栄養バランスも考えられたテイクアウトの弁当がいくらでもあるけれど、こういう食べ物特有の妙な美味さと中毒性には、それらとは違った価値がある。
……と、俺がカップラーメンに思いを馳せている間に、電気ポットはふつふつと音を立てながら蒸気口から湯気を立ち上らせていた。もうすぐお湯が沸くだろう。
カップラーメンの蓋を捲り、中のかやくの小袋などを取り出して調理の準備をしていると、背後で寝ていた少年が身じろぐ気配があった。振り向くと、まだ寝ぼけているのだろうか、ぼんやりと焦点の合っていない目をした彼が、半身を起こした姿勢で俺の方を見ていた。
「起きたか? 覚えてるかわかんねえけど……お前、腹減ったって言って倒れたんだぞ」
「…………」
少年は返事ひとつすることなく、ふらり、と立ち上がると、こちらに向かって足を進めてくる。デジャヴだ。
身構える俺をよそに、そのまま目の前まで来て歩みを止めた少年が、ぺたりとその場に座り込む。
「……おいし、そう」
「あ、ああ……今から作るところだから、もう少し待っ――」
俺の言葉は、そこで一度途切れた。少年が俺の上に乗り上げてきたからだ。華奢な見た目の割に意外と力は強く、押された勢いで俺は尻餅をついたかのような不格好な姿勢で固まっていた。今は掠れ気味だけれど、本当はもっと美しいのだろうと思わせるトーンで呟かれたのは、カップラーメンを見ての言葉では、なく?
「……お、おい……」
まるでガラス玉みたいに無機質に、俺の姿を映す少年の瞳。先程外で見た時は月のようだと思った神秘的な色合いのそれが、今は少し恐ろしく思える。
何を考えているのか全く読めない表情のまま、少年はゆっくりと俺のズボンに手を伸ばしてきた。いや、そんな、まさか……な?
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