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男に復讐する道具に、男の後継者であるソイツを選んで観察を始めると、少年のソイツにはあった瞳の輝きが消えていることに気付いた。
やはりな、と思うのと同時に、なんとも言えないやるせなさを覚えてしまった。少年だったソイツに触れられた時と同じように、やっと復讐できるのだという高揚感が感情を正確に感じ取れなくしているのだろう。
母の墓前で、何のために自分は生きてきたんだと問い、憎しみ以外の感情は捨て去って、ソイツの観察を続けた。
大学でも屋敷でも、常にソイツは人の良さそうな微笑を浮かべていた。腹黒さを隠す仮面に違いない。ヘドが出る、とソイツの背中を睨みながら後を付ける。
だが、一人になるとソイツは無表情になった。人気のない河原や朽ちかけた寺に足を運び、石像のように微動だにせず空を見上げている。
俺の隠れている位置からはいつも顔が見られず、どんな表情をしているのだろうか気になっていた。
ある時、狼の姿になり野良犬を装ってソイツの顔を覗いた。
「っ……」
飛び込んできた表情に息を呑んだ。こんなに寂しい顔は見たことがない。いや、何度も見ている。母を想う俺と同じ表情なのだ。
小屋にあるひび割れた鏡。母が身支度をする時に使っていた鏡。
母の思い出が色濃く残る其れを覗く度に、在りし日を愛しみ目を瞑る。目を開けたらその続きがあるのだと期待して瞼を開くも母の姿はなく、馬鹿な妄想をした自分を卑下するような、なにもかも諦めたような、寂しい顔が鏡に映った。
ソイツも哀しみを抱いているのか? 微笑みの仮面の下では涙を流しているのか?
己を見ているようなその表情をそれ以上見ることはできず、慌てて小屋に戻った。
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