蜜色ドロップ

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「どこか痛いのかい?」  牙をむく俺に怪訝そうに首を傾げた少年が、ランプを下げる。そして、俺の左足の状態を知る。 「可哀想に。ちょっと待っていておくれ」  地面にランプを置いた少年が、腰の辺りから布を取り出し、傷口に巻いた。 「坊っちゃま、何処におられるんですか? 坊っちゃま!」 「見つかってしまったみたいだね。さぁ、君も早くお帰り」  屋敷の方からした野太い男の声に、残念そうに吐息を落とした少年が、俺の背を撫でる。初めて母以外に触られたのに、小さなその手の温もりに嫌悪を抱かなかった。嫌悪どころか、安堵にも似た心地好さを覚えてしまった。  そのことに動揺して、屋敷を訪れた目的も忘れて山に逃げ帰った。  母を亡くした喪失感から、憎くて堪らない人間に触られたのに、安堵するような穏やかな感情を抱いてしまっただけだ。唯一人の肉親をあんなに残虐に殺されたのだから、感覚がおかしくなっても仕方のないことだ。  未熟な今の自分では復讐は難しいと痛感し、時を待つことにした。少年の穢れのない澄んだ瞳は記憶から消し去り、母を嬲り殺した男への怒りだけで頭をいっぱいにした。  それは成人するまで続き、やっと復讐をできる時には憎しみは底なしに育っていた。
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