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成人して人型になれるようになると、すぐに山を降りた。
とっくの昔に憎き男の臭いは消えてしまっていたが、足はあの屋敷を覚えていた。狼の姿と人の姿を巧みに使い分け、屋敷に侵入する。
ただ殺すだけでは、この憎しみは晴れない。男の全てを奪ってやる。全てを奪ってから嬲り殺してやる。いや、殺してくれと懇願するのを足蹴にして、絶望で苦しむ中で生きさせるのもいいかもしれないな。
どうすれば男が最も苦悶するのか調べるために、屋敷を偵察する日々を続けた。そこであの少年――ソイツと邂逅したのだ。
少年の時の面影を残すソイツを一目見て、しゃぼん玉が弾けたように脳の底にしまっていた記憶が甦ってきた。
俺が狼だと分かっても怯えず、好奇の目を向けることもせず、傷の手当てをしてくれた。
穢れのない澄んだ瞳の少年。俺の背を撫でた温かな小さな手。
胸に沸き上がってくる、春風に擽られたような感覚に慌てて頭を振る。ソイツは、あの非道な男の血を受け継いでいるんだ。
もうすぐ成人するソイツが、子供時代の純粋さを持っているはずなどない。純白だった心は、どす黒く塗り潰されているに違いない。
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