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あれは、しとしとと何日も雨が降り続いた梅雨の、やっと訪れた中休み。美しい満月が、地上のものを分け隔てなく微笑むように照らす夜だった。
寂れた神社の境内にひっそりと咲く紫陽花を眺めるソイツに背後から忍び寄り、薬を染み込ませた布で鼻と口を覆った。ほどなくして意識を失ったソイツを拉致した。
ソイツに直接的な恨みはない。憎いのはソイツの父親だ。ソイツの父親は俺の母を殺したのだ。
子供は宝だ。なによりも――自分の命よりも大切だ、と子守唄のように毎夜口にして、母は俺を慈しんだ。だから憎き男の息子であるソイツを誘拐した。
自らの命よりも大切なものを奪われて悶えるがいい。俺が母を奪われた苦しみを知るのだ。
ソイツを連れてきたのは、山奥にある嘗てまたぎが使っていた小屋。俺の住居だ。
母と二人で暮らし始めた頃から朽ちかけていた小屋だが、二人の時は真冬の隙間風も気にならない温もりがあった。独りぼっちになってから数年は、真夏でさえも凍えてしまいそうで常に震えていたが、いつの間にか温度を感じなくなっていた。
久方ぶりに感じる俺以外の体温。だが、求めてやまない母のものではない。憎き男の血を引く者の温もり。
この体に流れる血が母を殺した。沸き上がってきた憎しみを、ソイツの父親が最も苦しむ方法でぶつけたい。
二月ほど前から、ソイツの周りを嗅ぎ回っていた。ソイツは一人息子で、父親の経営する会社の後継者だ。血縁で受け継がれている会社を守るため、妻を娶り子を成すことが定められている。
後継者として雄らしい雄であることを求められているソイツが女々しい雌になったら、父親はどれほど落胆するだろう。挿れられなければ達することの出来ぬ体にしてやる。
この時のために手に入れていた媚薬入りの香油を使い、ソイツを凌辱した。
監禁しても凌辱しても、人形のように全く抵抗しないソイツ。帰して欲しいと懇願することもなく、逃げ出す素振りも見せず、敷きっぱなしの煎餅布団の上から置物のように動こうとしない。
ソイツを凌辱すれば気が晴れるのだと、入念に計画を練って思い通りになったというのに、俺の心を覆う靄は消えないどころか、益々濃くなっている。
日を増すごとに募っていく苛立ちをソイツの体にぶつける日々を繰り返すうちに梅雨は開け、うだるような暑さが続いた日々も落ち着き、夏は終わりに差し掛かっている。
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