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青い顔で相談に来た、患者家族を前にして、医師は電子カルテで患者の家族構成表を見ながら型通りに言った。
「晴菜さんの病状についても、自宅での療養の方が、良いバランスを保ちやすくなると思います。今ここで、第一の庇護者であるお母さんと離れ離れになる事が、彼女の為にならないと思っているのです。」
医師の鮫浦は、晴菜の顔を思い浮かべながら少し視線を遠くへ泳がせた。晴菜のトラウマに、頼みの綱であるべき兄が寧ろ大きく関与していた事を薄々と思い出し、誤った発言を恥じた。
「あのう、晴菜は今までに一度もデイに行った事が無いのです。本人が嫌がりまして。」
「おや、そうでしたか。それならば、入所は更に本人にとってハードルが高いでしょう。」
医師はここぞとばかりに、厄介払いの為に無理を押し通そうとする家族に向けて、反対意見をした。女性は狼狽して、早口になって言った。
「それがですね。母である私が、癌で余命いくばくもない身の上なのです。この前かかりつけで、末期の診断を受けました。もう、施設に入れて頂くよりほかに、あの子の生きて行く道は無いのです。」
鮫浦医師は、驚き、慌てた。痩せてどす黒い顔をしたこの母親は、貧困と孤独と、子供の非行とPTSDの上に、自分の身体の中では不治の病とも戦っていたのである。
「そうですか。」
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