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囁き声が聞こえる。ダンテは朦朧とした意識の中、目を開いた。こちらを見ている、黒髪の、美しい少女。リオンとは、まるで違う。その視線にも、声の温度にも、なんの温かみもなかった。
──違う。俺が握りたい手は、この手じゃない。しかし、抗う力はもう残っていない。
「私があなたをたすけてあげる」
冷たい唇が重なった感触がして、ダンテはふっ、と意識を途切らせた。
☆
ダンテが帰ってこなかった日の朝、リオンはひとりで朝食をとっていた。くせで二人分作ってしまった皿は、テーブルのうえ、ぽつんと置き去りになっている。
──ダンテ、どこへ行ったんだろう。家へ帰ったんだろうか。それならいいけど、もし事故に遭っていたりしたら……。もやもやしながら食事を終え、リオンはドアを開ける。その向こうにダンテが立っていたので、思わず息を飲む。
「っ、ダンテ」
彼はちら、とリオンを見て、
「荷物をとりにきた」
ダンテはリオンの脇をすり抜け、ソファの周りに置かれている荷物を詰め始めた。リオンは彼の後についていき、
「あの、家に帰るの?」
「ああ。世話になったな」
リオンはなんと言っていいかわからず、視線をさ迷わせた。
「ごめんなさい」
「なにを謝ってるんだ?」
薔薇のような、紅い瞳がこちらを見つめている。きれいな瞳。だけど──。リオンは、違和感を覚える。なにかが、変だ。いつもと違う。
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