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(この歌は……『とおりゃんせ』?)
心地よいてテノールが歌い上げるのは、夏生もよく知る『とおりゃんせ』。だが、メロディに乗せられていたのは、知らない言葉たちだった。
夏生が唖然として歌う姿を見つめていると、みるみるうちに男の姿が変わっていく。黒い髪の間から覗いたのは、金色の獣の耳。そして、腰のあたりでフサッと揺れたのは、同じ色の尻尾だ。
(――狐の耳と尻尾?)
夏生の目が釘付けになっていると、狐男の手の先に白い光が溢れだした。
あまりの眩しさに目を瞑る。光が治まり、ゆっくり開けたときには、男の左側に得体の知れない、肩ほどまである穴がぽっかりと姿を現していた。
「さ、行け」
狐男に促され、球体が歩きだす。
ぺたぺたという足音を響かせ、ボールが飛び込むように穴に入った。
「たすかった。じゃあな」
「もう迷い込むんじゃないぞ。べとべとさん」
ツンとした声にも、“べとべとさん”と呼ばれた謎の球体は嬉しそうに「おうよ」と上機嫌で答えている。
「ああ、そうだ」
一度は穴に入ったべとべとさんだったが、ひょっこりと丸い体をはみ出させると、大きな口の端を思い切り吊り上げた。
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