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「はなしをきいてくれて、ありがとな。おまえみたいなにんげんばっかりなら、いごこちわるいこともなかったかもしれん」
「へ? あ、はぁ……」
どう返事をしたらいいのかわからなかったが、なぜか夏生にはべとべとさんが笑っているように見えた。
「たっしゃでな」という声が聞こえ、べとべとさんの姿が消えると、あっという間に穴は閉じられ、光が消えると、夜の闇が戻って来た。
じゃり、と男の動く音で、夏生は我に返った。
一体この男は何者なのか。べとべとさんとは何なのか。問いかけようとしたが上手く言葉が出てこず、夏生はじっと狐男を見つめる。
だが、狐男はちらりとも夏生を見なかった。誰もいないかのように、からんころんと下駄を鳴らし、夏生の横を通り過ぎていく。
すれ違う袂を夏生は目で追ったが、ふさりと金色の尾が揺れたかと思った瞬間、すうっと狐男の姿が闇に溶けて消えた。
下駄の音も聞こえなくなり、虫の声だけが夜の道に響いていた。
「一体、何だったの……?」
残された夏生はひとり、道の真ん中に座り込み、ぽつりと呟く。
(べとべとさん? うつしよ? かくりよ? それに今のひと、まるでキツネみたいな耳と尻尾があった。まるで、あれは――)
そのとき、手のなかにあったスマートフォンが突然震えた。はっとして視線を落とし、表示された『お母さん』の文字に青ざめる。
「やばい! 怒られる!」
慌てて立ち上がりってスクールバッグを肩にかけ直した夏生は、薄暗い道を走りだす。
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