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「あれ。ホントだやぁ」
祖母の皺だらけの手がミカンを一房、夏生の掌に置く。
「もう、ばあちゃんってば」
ミカンの房を、ぽいっと口のなかに放り込んだ。祖母がくれた房は一際甘く、美味しくて、尖らせていた口元を緩ませた。
ふと、四つ下の弟が見ている子供番組に目が止まる。画面に映っていたのは、ふさふさの金色の毛並。雪の中を駆け回るキツネの姿である。
柔らかそうな尻尾が、夏生にある姿を思い出させた。
それは、金色の狐耳と尻尾を持った不思議な少年が、山を駆け上がっていく姿。
「イナホくん、元気かなぁ」
「きっと元気だで。安心しな」
ぽつりと零した夏生の頭に、年季の入った掌は、石油ストーブよりあたたかかった。
これはまだ夏生の祖母が元気だったころ。秘密を共有していた二人の、冬の思い出――。
◇◇◇
『三日名ぁ、三日名』
のんびりとした運転手のアナウンスが聞こえる。高校一年生になった志賀夏生は傍らに置いたスクールバッグを掴むと、肩に引っ掛けてバスを降りた。
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