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夏の夜道。それは、恐怖の付随するものだ。 恐る恐る足を進めれば、その身に感じるのはじっとりとした不快感。暑さのせいで噴き出した汗がシャツをじっとりと湿らせ、気持ち悪いと思いながらも足を止めることはできない。 横目で見れば、暗がりに潜む木々がこちらに視線を向けているようだ。しわのように深く刻まれた木の幹はともすれば奇怪な肉塊のように見え、夕立にでも降られていればてらてらと光る不気味さに喉の奥がきゅうと鳴るだろう。生温かい風に揺れる草花も、昼間には新緑を見せていたのに夜となればいいようのない怪しさを孕んだ形容しがたい緑色を映している。 脳裏をよぎる不安は絶えないまま、気が付けば膨らんでいるのは下手な妄想。夏のせいか、夜のせいか、原因はわからずともあらぬ考えが浮かんでは消えるのだ。 後ろから誰かつけているのではないか。近くの木陰には首のない少女がいるのではないか。木々の葉を揺らす風の音は、何か得体のしれないものの呼び声ではないか。 あり得るはずがない。妄想は、実際に起きないからこそ妄想なのだ。 心の中で己を鼓舞しようと消えない不安は、飲み込んで進むしか対処のしようがなかった。何も考えないまま歩けるはずなどないが、気をそらすことはできる。家に帰ったあとのことを考えればいいのだ。そうすれば気づかぬうちに時間が立ち、家へと帰り着いている。恐怖が後から追って来ようと、家の中にいれば心配など必要ない。 少しずつ夏の夜道の恐怖が薄れていくようだった。 けれど、完全に消してしまうにはまだ足りない。
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