血染めの薔薇

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 新宿西口から徒歩5分。小滝橋通り沿いのとあるカフェに通い始めてから、かれこれ半年が経とうとしていた。 店の雰囲気が良くて落ち着けるとか、コーヒーが美味しいとか、そういった理由で通っているのではない。駅近のこの店は混雑しがちで、ろくに落ち着けないし、コーヒーもいたって普通の味だ。 それでも週に三回、必ずといっていいほど、北野茉莉(きたのまり)はここのカフェに通っている。 一階にカウンターがあり、二階には禁煙席とトイレ、三階が喫煙席。茉莉はいつも二階の一番奥、窓に面したソファの席に座る。主に仕事終わりに寄るのだが、貴重な休日を割いて来ることもある。 茉莉が熱心にこのカフェを訪れる理由、それは、店の向かいにある花屋La berceuse(ラ ベルスース)だ。 二階奥の窓際のソファ席は、花屋の様子がよくわかる最高の場所だった。混雑時に来店して、ソファ席がすでに埋まっていることもあるが、そういう時は、別の席に座って、ソファ席が空くのをじっと待つ。そして、目当ての席に座れたら、コーヒーを飲みつつ、向かいの花屋を観察する。 これが、茉莉の至福のひとときだった。  La berceuseから、一人の男性店員が出てきた。小雨が降ってきたので、店の外に陳列してある花の位置を軒下へとずらしている。茉莉は、この男のことをよく知っていた。 先島悠人(さきしまゆうと)、二十歳、薬科大の二年生。大学ではウィンタースポーツサークルに所属。趣味は料理で、特技はフラッシュ暗算。 茉莉は、この男に惚れていた。 サイドを短く刈り上げたツーブロックの黒髪が、雨に濡れて光を淡く反射している。重めの前髪から、凛々しい眉がちらりと覗く。眩しそうに空を仰ぐその顔が、茉莉は大好きだった。
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