白箱のスターチス

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+++ 「音尾さん。」 僕の待っていたものが、人が、やってきて、部屋が明るくなった。微笑む看護婦さんの腕には包帯が巻かれていて、首からぶら下がった布に覆われている。額には白い絆創膏が貼られていて痛々しい。 「来られなくてごめんなさい音尾さん。」 「怪我は、大丈夫か?」 「もう痛くないですよ。」 痛そうだよ。僕が自由に動ける身だったなら看護婦さんを守れたかもしれないのに。ベルトに手をかけるが、外れる様子は全くなかった。「それは外しちゃダメですよ。」と僕を宥められる。 「あの。ここは、変なんだ。」 「どうしたんですか。何が変なんですか?」 「君がいないとここは暗くて。とにかく変で。お願いだ。君を危ない目に合わせたくない。一緒にここを出よう。」 看護婦さんの手も握れないなんて、なんて情けない。本当なら看護婦さんの前に跪き、看護婦さんの好きな花束を用意して、ちゃんとした場所で言いたかった言葉。 「僕はまだ働き始めて間もなくて、もしかしたらうんと迷惑をかけてしまうかもしれない。年だって随分と離れている。それでも、僕は君を愛してしまって、君を守りたいと思ってしまったんだ。どうか、どうか僕の手を取って、僕と夫婦になってはくれないだろうか。」 情けなくて涙が溢れた。こんなに情けない僕だけど、君と愛し合いたいと思ってしまったのだ。そんな、幸せな未来を描いてしまったのだ。看護婦さんは、僕の手を取って、大きく一度、頷いた。 「音尾さん、明日はね、いい夫婦の日なんです。」 「そういえば、11月22日は夫婦の日だと言っていたなぁ。」 「明日は、私たち、きっと、いい夫婦になれますよね。」 「明日と言わず、今日にだって。毎日、毎日いい夫婦でいよう。」 彼女が何度も何度も頷くと、溢れた涙が僕の腕を濡らした。僕も同じように何度も何度も頷いて涙をこぼした。一生彼女を愛していこう。彼女の手をとって生きよう。そして、叶うのならば、(この幸せの記憶を、永遠に覚えておこう…。) 「音尾さん。また、明日。」 彼女はそう言って太陽よりも眩しい笑顔を僕に向けた。今日は世界で一番幸せな日だけど、明日は今日を超える幸せな日になるだろう。明後日も、明々後日も、永遠に毎日が一番幸せな日になるに違いない。 「待ってるね。」 僕はそんな幸せな未来を胸に抱いて、目を瞑ったのだった。
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