白箱のスターチス

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+++ 「音尾さん、来ましたよ。」 看護婦さんの声が聞こえると、僕は反射的に身体を起き上がらせた。「痛っ。」と、左足が痛む。どうしてこんなに痛いんだろう。看護婦さんは慌てて僕の背中と足に手をあてた。まるで魔法の手だ。彼女が触れた足の痛みは、まるで砂糖菓子を口の中で溶かすようにすっと消えていった。看護婦さんは僕が横になったのを確認すると、戸棚の中に持ってきていた大きなビニール袋をしまい込んだ。 「それは何?」 「オムツですよ。」 誰のかと問えば、僕のだと答えられた。そんな馬鹿なと思いズボンの中に手をあてると、確かに布の触り心地とはまた違ったものであることがわかった。それから、ズボンの腰回りに紐のようなものが出ていることに気付いた。「これは?」と聞くと「おしっこの管ですよ。」と返答があった。衝撃だった。 おしっこの管なんて入れた事もなかったからだ。 「これはいつ外れるんだろう。」 「手術して痛みがよくなったら抜けると思いますけど。聞いておきますね。」 「すみません、ありがとう。やっぱり、オムツとか、管とか、ちょっとびっくりしちゃうね。」 おしっこの管を入れられオムツを履かせられている姿をこの人に見られていると思うと、情けなく思う。相手は看護婦なのだから、若い男がおしっこの管をつけてオムツを履く姿なんてよく見る光景だろう。仕事なのだから仕方ない。…嫉妬したって仕方がないのだ。 僕のそんな心に気付いたのか、はたまたただの偶然なのか、看護婦さんとばっちりと目が合う。僕の黒い心が見透かされてしまいそうで思わず目を背けてしまうと、看護婦さんは少し笑いながら「おしっこの管なんて普段入れないから、びっくりしちゃいますよね。」と話した。不思議とその言葉は、胸の中にあった黒いもやもやした感情は消していった。(この人の、看護婦さんの笑顔は僕のどんな負の感情もなくしてしまうみたいだ…。)まるでそれは魔法のようにも思えた。
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